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自己紹介すること

わかりやすくていい文章を書きたいと常日頃より願っていたら、「13日間で『名文』を書けるようになる方法」(高橋源一郎著 朝日新聞出版社)に出会いました。これは明治学院大学教授をしている著者のそこでの半期13こまの講義録です。学生に自己紹介やラブレター、果ては憲法まで課題として作文させ講義で本人に朗読してもらい皆でディスカッションする内容で、読んでいると自分もそのゼミの一員として参加しているかのような気分になります。
講義の中で学生に最初に与えた課題は「自己紹介」でした。指名された学生が読み上げた自身の自己紹介は次のようでした。
「初めまして。私の名前はF.Sです。もうすぐ20歳になる大学2年生です。私は、東京の一番東のほうにある下町で生まれ育ちました。金魚と風鈴が名産品で、毎年夏になると、あちこちの花火大会が見られることがちょっと自慢の町です。(中略)今は細い路地にある細長い家で、父と母と9歳の妹と一緒に暮らしています。それと、2つ上に兄がいますが、兄は海のそばでサーフィンをしながら一人暮らしをしています。(中略)妹とは10も歳が離れています。すっごく怒りんぼうで生意気なところもあるけど、とってもかわいい子です。ちっちゃくてふわふわした、柴犬の花ちゃんといいます。(中略)お休みの日には時々、みんなで近所の公園に花ちゃんのお散歩に行きます。少年野球の歓声が聞こえたり、野の花をいっぱい見つけたり、おじいちゃんたちがひなたぼっこしてたり・・・こんな時はすごくのんびりとした気持ちになって、とってもいい気分です。特に春は、たくさんのタンポポと出会えて取っても幸せになります。(後略)」
この自己紹介について著者が解説します。
「自己紹介」は「赤の他人」の耳に入る「工夫」をしなければならない。この「文章」でFさんがした「工夫」はふたつあり、ひとつは「わたし」について直接、書く代わりに「わたし」の周りにあるものについて書いたこと。ふたつ目は「情報」を制限したこと。
「私」に関する無数にあるはずの情報が少なければ少ないほど自己紹介の読み手の想像力は活性化し、少ない情報の「ピース断片」を自分自身でつなぎ合わせてひとつの「全体」の姿をつくりあげる。
講義は次のステップに進みます。学生に配られたプリントにはたった1行
<リモコンが見当たらなくて本体のボタンを押しに寝返りを打つ>
この短歌から学生は作者を想像していきます。
(・・・きっと、若い男の人だと思います。女の人かな・・・・・やっぱり、男。若い人です。20代・・・・30歳くらい?住んでる部屋は狭いんじゃないかな。そんな気がします。それに、貧乏なんですね。その年齢のふつうの人より。そのことが、いつも気持ちの端っこにあるのかな。テレビも、これ、古いブラウン管タイプじゃないかしら。畳に寝ころがって、不精なんですね。でも、なんか、いい人のような気もする。繊細で、人付き合いが悪い。実は、本はよく読んでいる。でも、部屋には、本棚はないんです、きっと。図書館で読むのかしら。違う。高校の時、たくさん読んで、いまは読まなくなったのかも。もしかしたら引きこもり?たぶん、社会に不満を持っています。でも、それを口に出したりはしない。彼女は、いませんね。昨日の夜、コンビニに買物に行って、その時買ったカップラーメンを、さっき食べました。・・・)
人は知りたいと思うとたった1行の情報でこれだけのことを想像できるのですね。

振り返って私もこれまで様々なところで自己紹介してきましたが、相手の耳に届く工夫をしてきたか?あれもこれも知ってもらいたいとたくさんの情報を持ち出しすぎていたのではと反省しました。
そこでこの反省にたった上で少し自分の住んでいるところの紹介をしてみます。

私は3年前に緑の多いこの地に転居しました。家の近くの川は遊歩道が整備され朝に夕にジョギングと犬の散歩の人が絶えません。大きな桜の木が繁り春は自宅のリビングから満開の桜見物ができます。ある日タクシーで帰った時、運転手さんに「この辺りタヌキが出ると思いますよ」と言われました。まさかと思いましたが、駅前の酒屋さんでワインを買った時にご近所の庭にタヌキがいたと会話していました。白髪交じりのポニーテールの酒屋のご主人は近くの大きなグランドが再開発されてタヌキはねぐらを失ってしまったと教えてくれました。緑いっぱいだったグランド跡には瀟洒な中層住宅が並んでいます。時々駅まで行くのに近道してこの住宅街を抜けますが、植栽された木が生い茂るにはあとどれほどの年月を要するのでしょうか?